Diaryのように…⑤

『Diaryのように』とタイトルを打ったのは、日記を綴るように、気取らず自然体で、今の私の気持ちなり想いなりを印しておこうと、それもそれなりに今ならOKなのでは…と思ったからだ。

1日の始まりでも終わりでも良いから、自分自身の心の今の有り様を見つめたり、あるいはその有り様と対話することが今の私にとって必要とも思えたからでもある。

ところが、時の流れとか心模様とかは現実の出来事に対応することで始終するばかり。この1ヶ月半と言うものは、なかなか私自身と対峙して、自分の心と対話することもゆっくりと眺めることも、時間的には少な過ぎる状況。

しかし、ま、これがある意味人生であり生きてると言うことなのだろうと思う。

色々とそれはそれなりに様々な感情に見舞われるけど、私自身は不思議と悲観もしてないし、辛いとかも思っていない。また、あきらめてもいないし、私自身の人生も構築するenergyも、密かに静かにこの体のどこかにチョロチョロと燃やし続けている。密かにね(笑)

それに、様々な体験や感情を味わえば味わうほどに、自分自身が豊かになっていくのも感じている。きっと業が深いのだろう。

そして結局は私ごときが抱えてる現実などとるに足らないこと。世界のどこかでは、今この瞬間にも私などが想像もつかないような現実にさらされてる人はたくさんいる。今この瞬間、世界のどこかで悲しみの涙を流す人、歓喜の涙を抱きしめる人…様々。

正直なところ脳梗塞の時よりも心不全の時よりも、こちらのenergyを消耗させた父の熱中症はやっと回復。心臓に不具合が見つかった母の手術を含む治療計画も決まった。

恥ずかしながら相変わらず愚弟夫婦はすべてにおいて知らん顔を決め込んでいるが、私は私の生き方を歩むだけだ。そして私自身の人生も密かに構築していく心を絶やさず育てるだけ。

もうすぐ倉敷。検査入院を終えた母を迎えに行く車中から。

久々にスマホ入力なので、改行も多分おかしいし、いつものごとく誤字脱字満載。乱文ゴメンね。

 

取り急ぎ・・・

Happy Birthday♪

あれから随分長い時間が流れました。

それだけで、感慨深いものがあります。

どうぞ、素敵な日々を・・・

少しずつ自分の時間が取り戻せつつはありますが、

まだまだ思うようには日々を創ることができません。

でも、投げ出さずあきらめず愚痴らず・・・淡々と、遅々としていても

前に進みます。

……

文章が書きたい。

創作がしたい。

花、触りたい。

アクセサリーデザインをどんどん考えて形にしたい。

止まってる服飾花の創作研究に早く着手したい。

・・・・・・時間が無いと言うと、世間はそれを言い訳というのでしょうか?

ヒトにはそれぞれの事情があって、時間を創りだせないこともあるけど

それを、自分自身の問題だというのかしら?

とにかくあきらめない。粘る。粘り続けて、蟻ほどの歩みでもいいから

前に進む。

これは、夢とかではなくてもはや挑戦です。私にとっては・・・

とにかくあれもこれもあきらめない。先手を打つ。

・・・ちょっとした心のツブヤキでした(ピース)

どうぞ、素敵な時間をお過ごしくださいな♪

またお会いできるといいな…と思っています。

Diaryのように・・・④ 思うようには・・・

8月始めに2ヶ月半ぶりに東京へ向かった頃は・・・

確かに予定としては遅れ遅れだけれど、とりあえずまずまず順調に事は

進んではいる…と言う状況だったはず。あまり表には出すことではないし

出すのは正直嫌いなのだけれど、父の熱中症はかなりやっかいで・・・

それでも、行きつ戻りつしつつ・・・ま、上昇傾向。私自身が組み込んでいる

計画も、重ねて言うけど遅れ遅れでもそれなりに運んではいた。

ところが・・・私が帰宅する日の早朝、熱中症から及んだ筋力低下ゆえに

玄関で転倒。・・・また振出に戻る(笑)でした。幸い骨折とかではなく

打ち身で済んだので、ま、良しとしなくては…と思ったけど、その後色々と

厄介です(笑)。そして打ち身が治りかけてイイ感じになりかけたころに

癌の定期検診へ。そしてまた疲れて…元の木阿弥(笑)

そして10日余り.・・・少しずつ食欲も戻ってきて、本人も元気になるべく

努力し始めてるので・・・ま、やれやれ。

しかし…高齢者の熱中症はとても怖い。結局、脳からの指令が上手く

行かなくなる・・・病気?と私は理解している。だから・・・味覚障害が

出たり、食欲が著しく減退したり・・・つくづく人間の体の複雑さに感心してしまう。

本当に、興味深い。

そういう訳で、正直かなり凹んだり、疲れたりしていた私ですが・・・

気分持ち直してきました。結局粘るしかないと思う。すべてにおいて・・・

予定はまた狂いにくるってしまったけれど、あきらめず投げ出さず愚痴らず

淡々と私自身が描いている方向へと運ぶべく描いていることを一つ一つ

こなしていきます。

・・・プロでありたいと思う。例え表舞台に立っていなくても・・・常に自分が

その世界のプロとして気持ちを保っていたい。そして『らしくありたい』と思う。

それは私個人として『らしくありたい』と言うことと同時にArtistならArtistらしく

DesignerならDesignerらしく・・・。それがOfficalな空間であり時間ならなおさら

そうのように気持ちを保っていたいと思う。

1週間ぶりなので、ちょっとご挨拶がてらご報告まで。

・・・母もちょっと大きな手術を受けることになったりで、バタバタですが

淡々とするべきことをこなします。

アイコン画像は、9月からはそれなりに私自身のStartを切れるかな・・・と

想い購入した9月始まりのSchedule帳にカルトナージュでカバーを創ったもの。

・・・思うようなStartは切れないけれど無理やりStartする予定でいます(ピース)

Diaryのように・・・③ 海が見たいとか・・・

海が見たいとか・・・海風に当たりたいとか・・・

海じゃなくてもいい、大好きな軽井沢の空気を胸に吸い込みたいとか・・・

そんなことを思いながら過ごす平成最後の夏。

我が家はお祭り騒ぎ(爆)。ま、いいけど・・・

日常の色々でいつの間にか失ってしまった私自身の習慣のあれこれを

取り戻そうと画策・・・しています。例えば眠りにつく前の読書の時間。

例えば、T女史に勧められている一日の終わりの局所冷却の時間。

そしていつの間にか時間が取れなくなってしまったホットヨガ・・・復帰したい。

心を鎮めて、少しずつ取り戻していこう・・・

 

ところで・・・

あれ?もしかしておかしくない?それって・・・と数年前に思ったことがある。

それは「そもそも評価と言うものは、他人・・・つまり第三者がするものであって

本人・・・つまり自分自身がするものではないはず」と。

そう、つまり自分で自分のことを評価するって・・・妙なことなんじゃないのかしら?

結局そこが、何て言うのか、違和感を感じてしまうところ。

そして夜毎発信される画像や言葉にそういう違和感を感じた時、何となく胸のつっかえが

取れたような気がした。あまりにも今「自分で自分を評価してしまっている人

あるいは評価してほしがってる人」が多すぎる。そういう想いだけが積極的に

前に出過ぎて何かにとりつかれたように自分を発信し過ぎている

ヒトが多すぎる・・・。それを社会では承認欲求と言うのだと思うけど、私は

承認欲求と言うのではなくて、結局『評価』を求めすぎていて、それが何となく

悲しいというか、バランスを欠いているというか・・・

もちろん若く未熟な時にはそういう欲求は誰しも持ち合わせてはいる。

あらゆる可能性が目の前に広がり、何でもできると思い・・目の前に広がる

つかみどころのない世界に、つかみどころがないからこそ自由と無限の

可能性を感じる。

けれども・・・それなりの年齢になってくるとそういう承認欲求とか『評価されたがり』

はどうも・・・何かが抜け落ちてる気がしてならない。

Privateなことでの部分についてはあえて、ま、素知らぬ顔をしておくけれど

仕事においてそういう『自分で自分を評価したり、誰かに評価を求めすぎたり』は

もしかして結局は『プロではない』ということになるのでは・・・とその頃私は

思うようになり、自分自身の発信にはそういう部分を絶対に匂わせないことに

決めたという経緯があるのだ。これは職種によって色々と微妙な

部分もあるとは思うけど・・・。少なくとも私自身は止めようと思った。

『自分で自分を評価する』『自分のことに評価を求める』・・・悲しい。

そして幼稚だと感じた。もちろん、何かの作品なり仕事なりをする場合

自信のあるもの、責任の持てるものを発信していくのは当然だし、

長い道のり「よく頑張ったな・・・」と自分自身をねぎらう気持ちを持つことは

誰にもあることだけれど、そういのとはちょっと違う種類の

『評価』というKeyWordが数年前には溢れていて、やはりそれは

仕事人としては信用できないな・・・と既知の人に対して思わざるを得なかった。

それに・・・そこからもっと何かに歯止めが効かなくなると・・・

どういう訳か、まるで自分自身が全知全能であるかのような言葉を

並べる人も出てきて・・・ますます、あぁ、言葉の世界はオソロシイなと

感じたのだ。

私は、静かに愚直に今を重ねてひたすらに

思う方向へと努力を重ねようと思った。そしてはそういう裏側は決して

微塵も表には出さないと決めた。

自分自身の仕事・・・私の場合は作品の数々に対しては、クール過ぎるほど

クールなPositionを守りつつ進んでいこうと。

ま、そんな感じです。

そう思えるようになった瞬間から、それまで疑問に思ってきた謎のようなものが

するすると溶け始めて、少し気持ちが軽くなりましたとさ。

Diaryのように・・・② ざわつく心を・・・

「順調な時や恵まれている時には誰だって感謝の気持ちを持つことができる。

しかし・・・本当に感謝できるかどうかは逆境にいる時、苦しい時、辛い時に

どこまで感謝の念を持てるかどうかだ」

とそんなことを遠い遠い日に祖父が良く話していたことを思い出す。

そんなことを思い出しながら、ざわつく心を鎮めたい。何かに屈して

しまいそうになる想いを元の位置に戻して進みたい・・・と思う。

夢など語れないからこそ、あえてそういう光に向けてどうにか

心を立て直し、環境をどうにか整えて行こうと思う。

かと言って・・・それほど大変な状況であるわけではない。

母がよく話す。「住むところもある、食べることにも困っていない

着る物だって十分すぎるほど持っている。衣食住足りてるのに

それ以上の不平不足を言うともったいないですよ」と。

確かにそうだ。母の言うとおり。祖父の残した言葉通り。

タメイキをつきたくなる時に、母のこの言葉をいつも思い出すことにしている。

友人が「大変ね」と言ってくれると母のこの言葉で返すことにしている。

そして、祖父の言葉を思い出し『本当の強さ』について考える。

消えてしまいそうな未来のVisionを・・・消さないように深呼吸。

私は今あえて『夢』と言う言葉も『未来』と言う言葉も使わないことにしている。

ただ・・・私らしい時間、私らしい人生、私自身の生き方や幸福感を

例え短い年月でもいいから実現したいと言う思いのために、少しずつ少しずつ

進んでいるだけ。5年でもいい、3年でもいい、1週間でもいい。

私自身が納得する人生の時間と言うものを得たいという強い想い。

心ざわつかせることは相変わらず多い。

正直、眠れないほどに心を傷つけられて蝕まれる…と言うことも

未だにある。うんざり・・・

けれども、こういう状況であっても先の時間を語り、感謝できる

人間でありたいと思う。そのために・・・今は、進んでいます。

Diaryのように・・・① 期間限定ですが・・・

正直なところ、HPのリニューアルは全く手付かずで、やっとこれから・・・と言う有様。

お世話になってるHPの管理会社の担当氏に「そろそろリニューアルしたいので」と

切り出し、次回使用したいWPのテーマをデモページに設置してもらったのは

3月末のこと。その時はこの状態なら5月半ば…遅くても6月にはOpenできると

心の内では踏んでいた。それに合わせて、時間のある時に新作を制作し・・・

少々ピンとくるものがあった新しい技術とやらも某スクールに集中的に通うことで修めて

開校準備のための講座も受講し、販売ライセンスもイチオウ取得し・・・

トテモ順調?のようみみえたのだけれど・・・。色々とずれが生じてしまって

今に至っている。自分自身の生活を振り返って整理してこれから・・・を

考えた時に、今の状態ではとても自分自身の仕事とかPrivateとか・・・

上手く回転しないので、そのためにまずは環境をきちんと整えようと

決心して、生活環境を回りやすい状況に整えることにした。表現者とは

ややこしいもので・・・いや、私がややこしいのかもしれないけれど、

回転しやすい環境でなくてはなかなか気持ちが乗らない。あるいは時間を

創りだすには生活の中でひっかかってることを整理して立て直して

スムーズに1日が回るようにしなくては・・・発想もアイデアもImageも

素直に生まれてはくれない。今まで後回しにしてきた私自身のことを

私自身のために立て直そう…と決めた。しかしながら日々の日常茶飯事とやらは

こなさなくてはならないし、高齢者の身には日々何かが起こり続ける。

そういうものにも対処しつつ、腐らずあきらめず投げ出さず・・・

できることなら心を穏やかに(笑)

保ちつつ、一つ一つ片づけて行く。色んな作業がある。右に置いていたものが

実は左に置いた方が便利が良くて時間も節約できる…といった具合の単純なことも

あれば、まあ、ちょっとややこしいものとか・・・

新しく取得した技術についてはトオリイッペンのレッスンしか受けてないので

自分自身でももう少し極めたい…と思いつつ、あれやこれやで準備不足が

重なって、さあこれからと言った状態。

それでも、やっとトンネルの出口の光が見え始めたのがお盆前。もう少しすれば

どうにかこうにかリニューアル作業に取り掛かれるかな・・・と。

そして、しばらくの間。リニューアルPageがOpenするまで日記のような形で

このPageのKeybordで指を滑らしてみようかしら…と言う気持ちが芽生えてきた。

肩の力を抜いて・・・素直に正直に初めてBlogと言うものを書き始めたころの

ような気持ちで・・・もちろん私も随分変化しているので、あの頃とすべてが

重なるわけではないけれど・・・。何て言うのかしら、『言葉からの出家』から

また『言葉』へ舞い戻り、新しい文体やら新しい感覚やら・・・あるいは本当の

自分自身やらを少しずつ少しずつ探っていく時間のようなもの。

あるいは漠然と雑然と未整理の状態のままの心の内を少しずつ少しずつ

整理して系統立てて行くような・・・・

何時の事だったか・・・ある人が「どんな状況でも今が最善と思え」と言うような

言葉を残していったけど・・・それってあまり力まずにとらえる言葉だと

今感じている。力を入れて「今が最善!」と踏ん張るのではなく、どんな状況でも

穏やかに最善のことが起きているのだと平常心で受け止めて次へと

今を重ねる・・・・

ま、そんなことでこっそりと『Diaryのように』ゆっくり綴っていくことにしました。

Mizuho,回復傾向です。

何が起きても、それは私自身が招いたことと受け止めてゆるやかに進みます。

そろそろ・・・でもあり、もう少し時間が・・・でもあり・・・

散々、色々・・・色々・・・自分の内側で問いかけて、探って・・・

思いあぐねて、それでも答えを見つけようと突き詰めて考えて・・・

時にはどうでもよくなって、また時にはタメイキをつきながら

それでも、どこかにとっかかりは無いかしら?と思い、

何故?どうして?と自分を見つめて・・・

ある程度の答えのようなものの輪郭がおぼろげながら姿を見せ始めると

何だか・・・あれほど不愉快だったりあれほど疑問に思ったことが

すっかり自分の中で整理されていることに気づく。整理されてしまうと

かつて私の心をざわつかせたもの―勝手に私がザワツイテタダケ(笑)―

にも寛大になれて気にも止まらなくなる。そして整理を過ぎて

想いや考えはより鮮明に明るい方向へと深く深く進み始めている。

ちょっと、清々しい気分♪

何についてかと言えば『言葉』につて。誰も彼もが自由に無節操に言葉を

発信することが私にはとても異様なことのように思えて仕方なく、

そこには何か大きな見えない気付かない落とし穴があるように思えた頃。

ここらでしっかり何かを見つめて私なりの答えと言うか方向性を

見つけておく必要があるのでは・・・と。

言葉と言う道具はどのように使うべきか」とか

「言葉によって表現するとはどういうことか」ということ。

そのことについて今、私の中にあるすべてを綴るのはとても難しい。

それは、やはりここに至るまで・・・と言ってもたかが私の分際なので

大したことではないけれど・・・かなり色々なことに目を向け、

様々な気づいていく世界と言うものがそこに存在しているから。

ただ・・・簡単に集約すると『私はプロとしてのお行儀を守りたい』と言うことと

『らしくありたい』ということ。『切なることを大切にしたい』ということに

尽きると思う。

そして、どの場所で誰に何をどのように伝えるか、あるいは発信するか…と

言うことも結局は大切なところ。でもこれ当たり前のこと過ぎて今さら…って感じ。

SNSも様々な変化を見せてきて、こちらも慣れっこになってしまったところもあるし

あるいは大きく振れ過ぎた針が反対側に振れてそこから抜け出す人が出たり

それぞれが違和感を感じ始めて静かになりを潜めたり・・・

時は流れている。変わるものは変わる。変わらないものは変わらない。

いつしか人々はバランスと言うものを求めるようにある流れが見えてくる。

面白いな…と思ってしまう。

私にとってTのつく場所は「落書き」のようなものと情報収集の場所。

FBとInstaはOfficalと思っている。100%のPraivateはネットに乗せるべきではないし

載せるとしてもそれは「チラリ」って感じで、タイムラインに血を通わせる程度のこと。

まだまだ環境は整わない中で・・・何となくこのPage開いてみようかしらと

思って、久しぶりにKeybord触ったので、随分軽くて意味不明の文章ですね。

何となく今は、一度『言葉からの出家』をしてまたまた『言葉の世界へ

戻った』気分。

 

高齢者との生活は・・・なかなか思うように時間は取れません。

脳梗塞→尿道閉塞→前立腺癌→心不全→痛風→熱中症

それでも復活する父親はある意味凄いと思うけど、痛風は食事ではなくて

薬害らしく回復するまでかなり神経を使い、ただ今絶賛熱中症が残したあれこれと

戦っています。やれやれ・・・です。

熱中症は本当に怖いです。まだ世間が本格的に暑くなり始める前の6月の

頭に熱中症にかかって、未だに回復していません。よくなったかな・・・と

思った頃に猛烈な暑さに見舞われたので、行きつ戻りつ・・・回復してるのか

してないのか・・・。利尿剤を服用しなくてはならない体にはこの季節はある意味

ややこしすぎる季節。それにしてもつくづく人間の体には「血、水、気」の3本柱の

バランスが大切だということを思い知らされた夏でしたどさ。

とこんな感じで過ごすお盆過ぎ♪

何があっても感謝です。

感謝を込めて・・・

長い間、こちらにアクセスしてくださったごく数名の方々へ。

長きにわたりありがとうございました。

やはり・・・今の私はどうも心が疲れすぎているように思えます。

こういうことはひと様に伝えることではないと今まで思ってきたので

できれば言葉にはしたくないと思っていました。

色々と綴りたいことはたくさんありますが・・・

今はやはり、じっくり休むことにしました。

休む・・・と言っても、日常生活には休みはありません。

もちろん、今現在進行形中の作業も続けます。

むしろ心を無にして、今現在進行中のやり遂げたいことに

集中し、早くStartLineに立ちたいと思っています。

それにしても・・・少し疲れすぎました。

本音を言えば「疲れた」などと言葉にしたくはないのですが

多少の甘えも手伝って・・・今はあえて言葉にさせていただきます。

毎日毎日こちらにアクセスしてくれたその人にはとても

感謝しています。私だけの密やかな心のよりどころであり

支えでもありました。

しかし・・・

心が疲れすぎていると、余計なことを考えてしまい

壊さなくてもいいものまでも自らの至らなさ故に壊してしまいそうな

少しばかり心地の悪い予感が心を過ってしまいます。

そのような無意味な破壊を避けるために、少し心を休ませる

ことにしました。

御縁があるのなら、その御縁をできる限り大切にしたいといつも

思っています。

「出会い」・・・確かに私達は生きている限りたくさんの「出会い」に

恵まれます。けれども、残り続ける「出会い」や本当に深い御縁で

結ばれる「出会い」はそれほど多くありません。

「出会えてよかった」と心底思える出会いも月日を重ね

年数を重ねて振り返ると、意外と少ないことにも気が付きます。

もちろん全ての『出会い』には意味があると思っています。

こんなにも未熟な私だからこそこういう『出会い』あるいは『御縁』に

触れることによって成長させていただいた…という意味の出会いも

数多く経験してきました。

今の私は、考えなくてはならないこと、対処しなくてはならないこと、

感じてしまうことが多過ぎて、ひとりで対応していくことに

かなり気持ち的にまいってしまいました。

もちろん、人生はひとりひとりのものです。私自身のお役目は

私自身でやり通すものです。

少し休みます。

目の前の現実意外の事は、お休みします。

長い間ありがとう。

これからのことはわかりません。このPageは、おそらくいつかは再開する

事となると思いますが、それがいつなのかはわかりません。

HPリニューアルの時期に重ねて再Openとなるのか、あるいは

明日再開(笑)ということになるのか・・・そういうことも可能性としては

否定できませんが・・・(笑)。それでも明日の事は未定です。

次回いつお会いできるか・・・それも

今のところ未定です。来月かもしれないし、再来月かもしれない。

あるいは年末?あるいは来年?

しばらく、何も考えたくありません。

もちろん・・・未定なので、気持ちが落ち着いて疲れが取れたら

お会いするというこがあるかもしれません。

それは、思ったより早く訪れるのか・・・それとも

思いもよらず遠い先の事なのか・・・今の私には

よくわからないです。とにかく・・・自分でも思う以上に疲れ過ぎて

しまったようです。今は「疲れている」ということを素直に認めて

無理をせず、余計なことを考えないようにしながら

目の前のことにコツコツと対処していこうと思っています。

結局、人生は日々の積み重ねです。目の前でおきることに

愚直に対処していくしかありません。魔法の言葉に惑わされて

妙な夢を見るよりは、目の前の現実を大切に進みます。

私には特別な才能も智恵もあるわけではなく、魔法のような

ヒラメキや群を抜いた予知能力も持ち合わせておりません。

ただ、愚直にひたすらに自分の思うように対処していくことでしか

前には進めないと思っています。

いつもありがとう。長い間、本当にありがとう。

感謝しかないです。このかけがえのない素敵な出会いは

私を鍛えてくれて成長させてくれたと思っています。

それでは、どうぞ素敵なお仕事を・・・

また会う日があれば・・・それはそれで素敵です。

そしてそこから本当のご縁があればまたそれも素敵なことです。

とにかく今は休みます。

とにかく、あなたの優しさに心から感謝しています。

長い間その優しさが私を支えてくれていたのも紛れもない

真実です。ありがとう。

Mizuho

 

 

長野のM.N様

正直M子さんにとっては、意味不明のことの多いこのPageをお気にとめて頂いてありがとうございました。今日のメッセージの本当の意味はご理解できないと思います。人生には時として他人様には信じられない出会いというものがあるのです。人はとかく「自分に起こらないことは他人にも起こらない」と言う間違った思い込みで、人の経験を簡単に否定します。私には私にしか経験できない物語が長く続いています。数年前、ご主人に「人生には決断が必要」と何度も言われたことに、正直私は心を砕かれる思いでした。私の大切な物語に踏み込まれたようで悲しい思いでした。いずれにせよ、私と私の大切な方々のひっそりとした場所であるこのページをお気にとめていただいたことお礼申し上げます。今後は申し訳ないのですが、そっとしておいてくださいませ。

そして・・・④

『後で』と言う箱の中に入っているものを一つ一つ取り出して

整理し、ひとつひとつ丁寧に処理していく。

時間のかかる作業を必要とするものもあれば、取り組んでしまえば

意外と短時間で済むこともある。けれども、この際片づけてしまいたいこと

取り組んでおきたいことはたくさんあって、けっこうな時間がかかっている

事は確か。

それでも今は「とりあえず」ということは完璧に封印して、筋道を立てて

必要なことをひとつひとつ積み上げて行き、早くStartLineに立ちたいという

想いでいっぱい。

StartLine・・・それはある意味私自身の本当のLifeStyleを確立するための

StartLineかもしれない。

「仕事や生活が回りやすい環境を創る」「流れの良い時のための

空間を創る」・・・黙々と続けています。

そのようにしながら、ここで改めて自分自身を見つめ直して向き合って

これからのことを考える。「今さら?」なのかもしれないけれど

「やっと今だからこそ」のようにも思えるし、人間なんてそういうもののような気もする。

「とりあえず」の箱の話を友人にしたら

「当たり前よ、私達は初めてこの人生を歩いているんだもの。そうそう

スッキリはいかないわよ。むしろとりあえずにまみれてこその人生かもよ」と

答えがかえってきた。

確かに、なるほどね・・・とも思うけれど、それにして私自身の積み上げてきた

「とりあえず」はあまりにも膨大過ぎて、そこに私自身の愚かしさを感じずには

いられない・・・。「とりあえず」の影に隠れてしまったもの、「とりあえず」の山に

紛れて失ったものも・・・多いのではないか・・と思う。

目の前の現実のために逃してしまった大切な人…と言うのも

それなりに存在するけれど・・・今となっては、それはそういう御縁だったと

想うし・・・振り返って後悔したところで何もならない。

要は、すべてをあきらめないこと。脱皮を繰り返しつつ、軽やかに

前に進むこと。

今はしっかりと自分自身を厳しく見つめ直して、本当に私らしい

歩き方、進み方、人生の選び方・・・そしてLifeStyleというものを

手にしたいと思っている。

世の中は言葉にならないもの言葉にできないもので溢れている。

・・・本当に、言葉にできなくて言葉にしづらくて・・・(笑)。

ま、いいけっどねー。