Diaryのように…⑨ 個人的なこと(4)

この数ヶ月を、タフに軽快に過ごすことができたのは…

両親の医療に関わるプロフェッショナルな方々の存在のおかげだと思っている。

医師、看護士、看護士長、ケアマネージャー、訪問看護士、訪問理学療法士、母の心臓外科手術チームの方々、主治医、麻酔医、看護士…

この度は、おしなべてみなさんプロフェッショナルな方々ばかりで、私はその存在に、何て言うのか…勇気付けられたとかではなく、彼らの姿勢と存在が私の心を大きく成長させてくれたような感覚とでも表現すれば良いのかしら…

理屈ではなくあっさりと何かのラインを越えることができたように思う。プロフェッショナルは気持ち良く力強い。プロフェッショナルは理知的でありながら暖かい。プロフェッショナルは余分な言葉は無いが的確に適切に言葉と行動を与えてくれる。

もっとも、医療に関わる人々なのだからプロなのは当たり前なのかもしれない。しかし両親と老猫合わせて15の医療施設に足を運んできた身としては、やはり時には何かしらの違和感を感じてしまうこともあったのだ。

…大きな勉強をさせていただいたと今目の前にある景色や私を取り巻く状況にある種の豊かさを感じている。

to be continued

 

 

Diaryのように…⑧ 個人的なこと(3)

酷暑真っ只中の8月半ばのある日。透析から帰宅した母が「今日はもしかしたら逝きかけたのかもしれない」などと笑いながら言った。

尋ねるとどうやら血圧が50まで下がったことが原因らしい。それからバタバタと総合病院へ心臓の検査に付き添うことになった。

検査の結果は昨年の12月よりも状態が悪くなっているので手術の必要があるとのこと。

そんな話を聞いても呑気にかまえていた私達母娘は、透析施設の主治医にとにかく早く手術の決心を固めるようにと呼び出され…

それならばここは慎重に病院を選ばなくてはと、知人などを頼って色々と調べた結果倉敷にある総合病院に辿り着いたのだ。心臓外科なら日本を代表するどころか、人によれば世界的だとか…

初診、検査、術前の検査入院、通院による検査…そして手術のための入院と瞬く間に日が過ぎていった。

通常なら手術の前日に入院すれば良いのだけれど、母の場合は透析をしているため体内の水分調整が必要なので5日前の入院。

父が心不全をお越して入院したりしたけれど、入院に至るまで私自身はある一定の心持ちで日々のすべてをこなすことができた。繰り返すけれど今そのことにとても感謝している。

そして母の手術は無事に終了。術後の回復も順調。ただし、やはり透析患者なので普通よりは一般病棟に移るまでに時間がかかるよう。

こんなこと本当に個人的過ぎて…やはり如何なものか?とここまで綴りながらも思っています。

ただ…これも繰り返すけど、すべてにおいて深く広い人生のお勉強をさせていただいたと言う思いが今とても強くて、そして感謝とおかげさまと言う気持ちで満たされていることは伝えたいと思う。

それは母の手術が成功したとからだけではなく酷暑の夏から始まって今日に至るすべての日々に感謝したいと…

長くなったので to be continued

Diaryのように…⑦ 個人的なこと(2)

確かに8月8日父が転倒した日から私自身の時間はピタリと止まってしまったのは事実。

途中幾度か少しまとまった時間が取れそうだと私自身の仕事に手を付けかけたこともあるにはあったけど、そう言う時に限ってまた別の用件が入ると言った具合だった。

無理をすれば自分の仕事もできなくはないけれど、何しろ無理の効かないお年頃に差し掛かっているので(笑)

また無理をすれば、肝心のことにまで支障をきたしてしまう。今は自分のことは一旦鍵をかけるしかないなと思うようになった。

私自身の健康も大切。健康を損ねてしまうとそれこそ未来とやらがますます霞んでしまうのだから。

それに、今のこういう状態が永遠に続くわけではない。これは紛れもない真実。それはいつかは永遠の別れが訪れると言うこと。お互いの命が永遠ではないと言うこと以上の真実はないのだから。

そう思えば目の前にある現実を丁寧にひとつひとつ処理するしかない。バランスのとれた三度の食事、清潔な住空間。ふたりの体調が落ち着くまでの適切な対処の数々。

もちろん、時間があれば私自身のことにも取り組む気持ちはある。

そう言うふうに思っているので、私はそれほど気持ちを片寄らせることなく、むしろとてもニュートラルな状態で淡々と平静に生活できている。

頭と心はクールに、行動はスピーディーかつ熱く…と言った感じです☺️

親戚や事情を知るわずかな友人達が心配したり気遣ってくれたりするけれど周りが思うよりもタフに過ごせていることに今とても感謝している。

to be continued

Diaryのように…⑥ 個人的なこと(1)

色々様々…人生勉強させていただく毎日。

今日もまた倉敷に向かう列車に揺れながらスマホに指を滑らせています。

前回は術前検査入院から一旦退院をする母を迎えに向かう車中。

じつは、あれから何度かこのpageをupしかけていたのだけれど…内容があまりにも個人的なことに片寄ったことなので、どうも文章にしづらく…下書き保存しては消去することを繰り返していた。

母が20日に退院したあと、食欲も戻り点滴にも通うようになっていた父が突然胸の痛みを訴え連休中日に病院につきそうと、やはり心不全と言うことでそのまま入院。熱中症で生活のリズムや体のバランスを崩してしまい、結果的に浮腫みがひどくなってしまったことが原因。

結局10日間の入院となった。その10日間を含む父の退院後の数日と母の術前再入院の日々は『高齢化社会』と言うものを実感し様々勉強させていただく日々。

心臓に大きな爆弾を抱える父の今後の生活について、主治医に呼び出される。看護師長に話しがあると呼び出される。ケアマネさんと訪問看護士さんとの打ち合わせ、そうこうする内に退院後の通院2箇所。母の術前検診が2度。私のschedule帳は二人に関わることでほぼ毎日埋まった。

しかし、なるほどと納得したり感心したりすることばかり。

母が再入院するまで1日だけあった完全オフの日は夏前からの約束を果たすべく友人とのランチのため広島へ。いい感じの息抜き🎶

とこんな感じの極めて個人的なことをとりあえず綴ってしまうので如何なものかと私自身思ってしまうわけです。

もうすぐ倉敷。to be continued

Diaryのように…⑤

『Diaryのように』とタイトルを打ったのは、日記を綴るように、気取らず自然体で、今の私の気持ちなり想いなりを印しておこうと、それもそれなりに今ならOKなのでは…と思ったからだ。

1日の始まりでも終わりでも良いから、自分自身の心の今の有り様を見つめたり、あるいはその有り様と対話することが今の私にとって必要とも思えたからでもある。

ところが、時の流れとか心模様とかは現実の出来事に対応することで始終するばかり。この1ヶ月半と言うものは、なかなか私自身と対峙して、自分の心と対話することもゆっくりと眺めることも、時間的には少な過ぎる状況。

しかし、ま、これがある意味人生であり生きてると言うことなのだろうと思う。

色々とそれはそれなりに様々な感情に見舞われるけど、私自身は不思議と悲観もしてないし、辛いとかも思っていない。また、あきらめてもいないし、私自身の人生も構築するenergyも、密かに静かにこの体のどこかにチョロチョロと燃やし続けている。密かにね(笑)

それに、様々な体験や感情を味わえば味わうほどに、自分自身が豊かになっていくのも感じている。きっと業が深いのだろう。

そして結局は私ごときが抱えてる現実などとるに足らないこと。世界のどこかでは、今この瞬間にも私などが想像もつかないような現実にさらされてる人はたくさんいる。今この瞬間、世界のどこかで悲しみの涙を流す人、歓喜の涙を抱きしめる人…様々。

正直なところ脳梗塞の時よりも心不全の時よりも、こちらのenergyを消耗させた父の熱中症はやっと回復。心臓に不具合が見つかった母の手術を含む治療計画も決まった。

恥ずかしながら相変わらず愚弟夫婦はすべてにおいて知らん顔を決め込んでいるが、私は私の生き方を歩むだけだ。そして私自身の人生も密かに構築していく心を絶やさず育てるだけ。

もうすぐ倉敷。検査入院を終えた母を迎えに行く車中から。

久々にスマホ入力なので、改行も多分おかしいし、いつものごとく誤字脱字満載。乱文ゴメンね。

 

取り急ぎ・・・

Happy Birthday♪

あれから随分長い時間が流れました。

それだけで、感慨深いものがあります。

どうぞ、素敵な日々を・・・

少しずつ自分の時間が取り戻せつつはありますが、

まだまだ思うようには日々を創ることができません。

でも、投げ出さずあきらめず愚痴らず・・・淡々と、遅々としていても

前に進みます。

……

文章が書きたい。

創作がしたい。

花、触りたい。

アクセサリーデザインをどんどん考えて形にしたい。

止まってる服飾花の創作研究に早く着手したい。

・・・・・・時間が無いと言うと、世間はそれを言い訳というのでしょうか?

ヒトにはそれぞれの事情があって、時間を創りだせないこともあるけど

それを、自分自身の問題だというのかしら?

とにかくあきらめない。粘る。粘り続けて、蟻ほどの歩みでもいいから

前に進む。

これは、夢とかではなくてもはや挑戦です。私にとっては・・・

とにかくあれもこれもあきらめない。先手を打つ。

・・・ちょっとした心のツブヤキでした(ピース)

どうぞ、素敵な時間をお過ごしくださいな♪

またお会いできるといいな…と思っています。

Diaryのように・・・④ 思うようには・・・

8月始めに2ヶ月半ぶりに東京へ向かった頃は・・・

確かに予定としては遅れ遅れだけれど、とりあえずまずまず順調に事は

進んではいる…と言う状況だったはず。あまり表には出すことではないし

出すのは正直嫌いなのだけれど、父の熱中症はかなりやっかいで・・・

それでも、行きつ戻りつしつつ・・・ま、上昇傾向。私自身が組み込んでいる

計画も、重ねて言うけど遅れ遅れでもそれなりに運んではいた。

ところが・・・私が帰宅する日の早朝、熱中症から及んだ筋力低下ゆえに

玄関で転倒。・・・また振出に戻る(笑)でした。幸い骨折とかではなく

打ち身で済んだので、ま、良しとしなくては…と思ったけど、その後色々と

厄介です(笑)。そして打ち身が治りかけてイイ感じになりかけたころに

癌の定期検診へ。そしてまた疲れて…元の木阿弥(笑)

そして10日余り.・・・少しずつ食欲も戻ってきて、本人も元気になるべく

努力し始めてるので・・・ま、やれやれ。

しかし…高齢者の熱中症はとても怖い。結局、脳からの指令が上手く

行かなくなる・・・病気?と私は理解している。だから・・・味覚障害が

出たり、食欲が著しく減退したり・・・つくづく人間の体の複雑さに感心してしまう。

本当に、興味深い。

そういう訳で、正直かなり凹んだり、疲れたりしていた私ですが・・・

気分持ち直してきました。結局粘るしかないと思う。すべてにおいて・・・

予定はまた狂いにくるってしまったけれど、あきらめず投げ出さず愚痴らず

淡々と私自身が描いている方向へと運ぶべく描いていることを一つ一つ

こなしていきます。

・・・プロでありたいと思う。例え表舞台に立っていなくても・・・常に自分が

その世界のプロとして気持ちを保っていたい。そして『らしくありたい』と思う。

それは私個人として『らしくありたい』と言うことと同時にArtistならArtistらしく

DesignerならDesignerらしく・・・。それがOfficalな空間であり時間ならなおさら

そうのように気持ちを保っていたいと思う。

1週間ぶりなので、ちょっとご挨拶がてらご報告まで。

・・・母もちょっと大きな手術を受けることになったりで、バタバタですが

淡々とするべきことをこなします。

アイコン画像は、9月からはそれなりに私自身のStartを切れるかな・・・と

想い購入した9月始まりのSchedule帳にカルトナージュでカバーを創ったもの。

・・・思うようなStartは切れないけれど無理やりStartする予定でいます(ピース)

Diaryのように・・・③ 海が見たいとか・・・

海が見たいとか・・・海風に当たりたいとか・・・

海じゃなくてもいい、大好きな軽井沢の空気を胸に吸い込みたいとか・・・

そんなことを思いながら過ごす平成最後の夏。

我が家はお祭り騒ぎ(爆)。ま、いいけど・・・

日常の色々でいつの間にか失ってしまった私自身の習慣のあれこれを

取り戻そうと画策・・・しています。例えば眠りにつく前の読書の時間。

例えば、T女史に勧められている一日の終わりの局所冷却の時間。

そしていつの間にか時間が取れなくなってしまったホットヨガ・・・復帰したい。

心を鎮めて、少しずつ取り戻していこう・・・

 

ところで・・・

あれ?もしかしておかしくない?それって・・・と数年前に思ったことがある。

それは「そもそも評価と言うものは、他人・・・つまり第三者がするものであって

本人・・・つまり自分自身がするものではないはず」と。

そう、つまり自分で自分のことを評価するって・・・妙なことなんじゃないのかしら?

結局そこが、何て言うのか、違和感を感じてしまうところ。

そして夜毎発信される画像や言葉にそういう違和感を感じた時、何となく胸のつっかえが

取れたような気がした。あまりにも今「自分で自分を評価してしまっている人

あるいは評価してほしがってる人」が多すぎる。そういう想いだけが積極的に

前に出過ぎて何かにとりつかれたように自分を発信し過ぎている

ヒトが多すぎる・・・。それを社会では承認欲求と言うのだと思うけど、私は

承認欲求と言うのではなくて、結局『評価』を求めすぎていて、それが何となく

悲しいというか、バランスを欠いているというか・・・

もちろん若く未熟な時にはそういう欲求は誰しも持ち合わせてはいる。

あらゆる可能性が目の前に広がり、何でもできると思い・・目の前に広がる

つかみどころのない世界に、つかみどころがないからこそ自由と無限の

可能性を感じる。

けれども・・・それなりの年齢になってくるとそういう承認欲求とか『評価されたがり』

はどうも・・・何かが抜け落ちてる気がしてならない。

Privateなことでの部分についてはあえて、ま、素知らぬ顔をしておくけれど

仕事においてそういう『自分で自分を評価したり、誰かに評価を求めすぎたり』は

もしかして結局は『プロではない』ということになるのでは・・・とその頃私は

思うようになり、自分自身の発信にはそういう部分を絶対に匂わせないことに

決めたという経緯があるのだ。これは職種によって色々と微妙な

部分もあるとは思うけど・・・。少なくとも私自身は止めようと思った。

『自分で自分を評価する』『自分のことに評価を求める』・・・悲しい。

そして幼稚だと感じた。もちろん、何かの作品なり仕事なりをする場合

自信のあるもの、責任の持てるものを発信していくのは当然だし、

長い道のり「よく頑張ったな・・・」と自分自身をねぎらう気持ちを持つことは

誰にもあることだけれど、そういのとはちょっと違う種類の

『評価』というKeyWordが数年前には溢れていて、やはりそれは

仕事人としては信用できないな・・・と既知の人に対して思わざるを得なかった。

それに・・・そこからもっと何かに歯止めが効かなくなると・・・

どういう訳か、まるで自分自身が全知全能であるかのような言葉を

並べる人も出てきて・・・ますます、あぁ、言葉の世界はオソロシイなと

感じたのだ。

私は、静かに愚直に今を重ねてひたすらに

思う方向へと努力を重ねようと思った。そしてはそういう裏側は決して

微塵も表には出さないと決めた。

自分自身の仕事・・・私の場合は作品の数々に対しては、クール過ぎるほど

クールなPositionを守りつつ進んでいこうと。

ま、そんな感じです。

そう思えるようになった瞬間から、それまで疑問に思ってきた謎のようなものが

するすると溶け始めて、少し気持ちが軽くなりましたとさ。

Diaryのように・・・② ざわつく心を・・・

「順調な時や恵まれている時には誰だって感謝の気持ちを持つことができる。

しかし・・・本当に感謝できるかどうかは逆境にいる時、苦しい時、辛い時に

どこまで感謝の念を持てるかどうかだ」

とそんなことを遠い遠い日に祖父が良く話していたことを思い出す。

そんなことを思い出しながら、ざわつく心を鎮めたい。何かに屈して

しまいそうになる想いを元の位置に戻して進みたい・・・と思う。

夢など語れないからこそ、あえてそういう光に向けてどうにか

心を立て直し、環境をどうにか整えて行こうと思う。

かと言って・・・それほど大変な状況であるわけではない。

母がよく話す。「住むところもある、食べることにも困っていない

着る物だって十分すぎるほど持っている。衣食住足りてるのに

それ以上の不平不足を言うともったいないですよ」と。

確かにそうだ。母の言うとおり。祖父の残した言葉通り。

タメイキをつきたくなる時に、母のこの言葉をいつも思い出すことにしている。

友人が「大変ね」と言ってくれると母のこの言葉で返すことにしている。

そして、祖父の言葉を思い出し『本当の強さ』について考える。

消えてしまいそうな未来のVisionを・・・消さないように深呼吸。

私は今あえて『夢』と言う言葉も『未来』と言う言葉も使わないことにしている。

ただ・・・私らしい時間、私らしい人生、私自身の生き方や幸福感を

例え短い年月でもいいから実現したいと言う思いのために、少しずつ少しずつ

進んでいるだけ。5年でもいい、3年でもいい、1週間でもいい。

私自身が納得する人生の時間と言うものを得たいという強い想い。

心ざわつかせることは相変わらず多い。

正直、眠れないほどに心を傷つけられて蝕まれる…と言うことも

未だにある。うんざり・・・

けれども、こういう状況であっても先の時間を語り、感謝できる

人間でありたいと思う。そのために・・・今は、進んでいます。