Diaryのように・・・④ 思うようには・・・

8月始めに2ヶ月半ぶりに東京へ向かった頃は・・・

確かに予定としては遅れ遅れだけれど、とりあえずまずまず順調に事は

進んではいる…と言う状況だったはず。あまり表には出すことではないし

出すのは正直嫌いなのだけれど、父の熱中症はかなりやっかいで・・・

それでも、行きつ戻りつしつつ・・・ま、上昇傾向。私自身が組み込んでいる

計画も、重ねて言うけど遅れ遅れでもそれなりに運んではいた。

ところが・・・私が帰宅する日の早朝、熱中症から及んだ筋力低下ゆえに

玄関で転倒。・・・また振出に戻る(笑)でした。幸い骨折とかではなく

打ち身で済んだので、ま、良しとしなくては…と思ったけど、その後色々と

厄介です(笑)。そして打ち身が治りかけてイイ感じになりかけたころに

癌の定期検診へ。そしてまた疲れて…元の木阿弥(笑)

そして10日余り.・・・少しずつ食欲も戻ってきて、本人も元気になるべく

努力し始めてるので・・・ま、やれやれ。

しかし…高齢者の熱中症はとても怖い。結局、脳からの指令が上手く

行かなくなる・・・病気?と私は理解している。だから・・・味覚障害が

出たり、食欲が著しく減退したり・・・つくづく人間の体の複雑さに感心してしまう。

本当に、興味深い。

そういう訳で、正直かなり凹んだり、疲れたりしていた私ですが・・・

気分持ち直してきました。結局粘るしかないと思う。すべてにおいて・・・

予定はまた狂いにくるってしまったけれど、あきらめず投げ出さず愚痴らず

淡々と私自身が描いている方向へと運ぶべく描いていることを一つ一つ

こなしていきます。

・・・プロでありたいと思う。例え表舞台に立っていなくても・・・常に自分が

その世界のプロとして気持ちを保っていたい。そして『らしくありたい』と思う。

それは私個人として『らしくありたい』と言うことと同時にArtistならArtistらしく

DesignerならDesignerらしく・・・。それがOfficalな空間であり時間ならなおさら

そうのように気持ちを保っていたいと思う。

1週間ぶりなので、ちょっとご挨拶がてらご報告まで。

・・・母もちょっと大きな手術を受けることになったりで、バタバタですが

淡々とするべきことをこなします。

アイコン画像は、9月からはそれなりに私自身のStartを切れるかな・・・と

想い購入した9月始まりのSchedule帳にカルトナージュでカバーを創ったもの。

・・・思うようなStartは切れないけれど無理やりStartする予定でいます(ピース)

Diaryのように・・・③ 海が見たいとか・・・

海が見たいとか・・・海風に当たりたいとか・・・

海じゃなくてもいい、大好きな軽井沢の空気を胸に吸い込みたいとか・・・

そんなことを思いながら過ごす平成最後の夏。

我が家はお祭り騒ぎ(爆)。ま、いいけど・・・

日常の色々でいつの間にか失ってしまった私自身の習慣のあれこれを

取り戻そうと画策・・・しています。例えば眠りにつく前の読書の時間。

例えば、T女史に勧められている一日の終わりの局所冷却の時間。

そしていつの間にか時間が取れなくなってしまったホットヨガ・・・復帰したい。

心を鎮めて、少しずつ取り戻していこう・・・

 

ところで・・・

あれ?もしかしておかしくない?それって・・・と数年前に思ったことがある。

それは「そもそも評価と言うものは、他人・・・つまり第三者がするものであって

本人・・・つまり自分自身がするものではないはず」と。

そう、つまり自分で自分のことを評価するって・・・妙なことなんじゃないのかしら?

結局そこが、何て言うのか、違和感を感じてしまうところ。

そして夜毎発信される画像や言葉にそういう違和感を感じた時、何となく胸のつっかえが

取れたような気がした。あまりにも今「自分で自分を評価してしまっている人

あるいは評価してほしがってる人」が多すぎる。そういう想いだけが積極的に

前に出過ぎて何かにとりつかれたように自分を発信し過ぎている

ヒトが多すぎる・・・。それを社会では承認欲求と言うのだと思うけど、私は

承認欲求と言うのではなくて、結局『評価』を求めすぎていて、それが何となく

悲しいというか、バランスを欠いているというか・・・

もちろん若く未熟な時にはそういう欲求は誰しも持ち合わせてはいる。

あらゆる可能性が目の前に広がり、何でもできると思い・・目の前に広がる

つかみどころのない世界に、つかみどころがないからこそ自由と無限の

可能性を感じる。

けれども・・・それなりの年齢になってくるとそういう承認欲求とか『評価されたがり』

はどうも・・・何かが抜け落ちてる気がしてならない。

Privateなことでの部分についてはあえて、ま、素知らぬ顔をしておくけれど

仕事においてそういう『自分で自分を評価したり、誰かに評価を求めすぎたり』は

もしかして結局は『プロではない』ということになるのでは・・・とその頃私は

思うようになり、自分自身の発信にはそういう部分を絶対に匂わせないことに

決めたという経緯があるのだ。これは職種によって色々と微妙な

部分もあるとは思うけど・・・。少なくとも私自身は止めようと思った。

『自分で自分を評価する』『自分のことに評価を求める』・・・悲しい。

そして幼稚だと感じた。もちろん、何かの作品なり仕事なりをする場合

自信のあるもの、責任の持てるものを発信していくのは当然だし、

長い道のり「よく頑張ったな・・・」と自分自身をねぎらう気持ちを持つことは

誰にもあることだけれど、そういのとはちょっと違う種類の

『評価』というKeyWordが数年前には溢れていて、やはりそれは

仕事人としては信用できないな・・・と既知の人に対して思わざるを得なかった。

それに・・・そこからもっと何かに歯止めが効かなくなると・・・

どういう訳か、まるで自分自身が全知全能であるかのような言葉を

並べる人も出てきて・・・ますます、あぁ、言葉の世界はオソロシイなと

感じたのだ。

私は、静かに愚直に今を重ねてひたすらに

思う方向へと努力を重ねようと思った。そしてはそういう裏側は決して

微塵も表には出さないと決めた。

自分自身の仕事・・・私の場合は作品の数々に対しては、クール過ぎるほど

クールなPositionを守りつつ進んでいこうと。

ま、そんな感じです。

そう思えるようになった瞬間から、それまで疑問に思ってきた謎のようなものが

するすると溶け始めて、少し気持ちが軽くなりましたとさ。

Diaryのように・・・② ざわつく心を・・・

「順調な時や恵まれている時には誰だって感謝の気持ちを持つことができる。

しかし・・・本当に感謝できるかどうかは逆境にいる時、苦しい時、辛い時に

どこまで感謝の念を持てるかどうかだ」

とそんなことを遠い遠い日に祖父が良く話していたことを思い出す。

そんなことを思い出しながら、ざわつく心を鎮めたい。何かに屈して

しまいそうになる想いを元の位置に戻して進みたい・・・と思う。

夢など語れないからこそ、あえてそういう光に向けてどうにか

心を立て直し、環境をどうにか整えて行こうと思う。

かと言って・・・それほど大変な状況であるわけではない。

母がよく話す。「住むところもある、食べることにも困っていない

着る物だって十分すぎるほど持っている。衣食住足りてるのに

それ以上の不平不足を言うともったいないですよ」と。

確かにそうだ。母の言うとおり。祖父の残した言葉通り。

タメイキをつきたくなる時に、母のこの言葉をいつも思い出すことにしている。

友人が「大変ね」と言ってくれると母のこの言葉で返すことにしている。

そして、祖父の言葉を思い出し『本当の強さ』について考える。

消えてしまいそうな未来のVisionを・・・消さないように深呼吸。

私は今あえて『夢』と言う言葉も『未来』と言う言葉も使わないことにしている。

ただ・・・私らしい時間、私らしい人生、私自身の生き方や幸福感を

例え短い年月でもいいから実現したいと言う思いのために、少しずつ少しずつ

進んでいるだけ。5年でもいい、3年でもいい、1週間でもいい。

私自身が納得する人生の時間と言うものを得たいという強い想い。

心ざわつかせることは相変わらず多い。

正直、眠れないほどに心を傷つけられて蝕まれる…と言うことも

未だにある。うんざり・・・

けれども、こういう状況であっても先の時間を語り、感謝できる

人間でありたいと思う。そのために・・・今は、進んでいます。

Diaryのように・・・① 期間限定ですが・・・

正直なところ、HPのリニューアルは全く手付かずで、やっとこれから・・・と言う有様。

お世話になってるHPの管理会社の担当氏に「そろそろリニューアルしたいので」と

切り出し、次回使用したいWPのテーマをデモページに設置してもらったのは

3月末のこと。その時はこの状態なら5月半ば…遅くても6月にはOpenできると

心の内では踏んでいた。それに合わせて、時間のある時に新作を制作し・・・

少々ピンとくるものがあった新しい技術とやらも某スクールに集中的に通うことで修めて

開校準備のための講座も受講し、販売ライセンスもイチオウ取得し・・・

トテモ順調?のようみみえたのだけれど・・・。色々とずれが生じてしまって

今に至っている。自分自身の生活を振り返って整理してこれから・・・を

考えた時に、今の状態ではとても自分自身の仕事とかPrivateとか・・・

上手く回転しないので、そのためにまずは環境をきちんと整えようと

決心して、生活環境を回りやすい状況に整えることにした。表現者とは

ややこしいもので・・・いや、私がややこしいのかもしれないけれど、

回転しやすい環境でなくてはなかなか気持ちが乗らない。あるいは時間を

創りだすには生活の中でひっかかってることを整理して立て直して

スムーズに1日が回るようにしなくては・・・発想もアイデアもImageも

素直に生まれてはくれない。今まで後回しにしてきた私自身のことを

私自身のために立て直そう…と決めた。しかしながら日々の日常茶飯事とやらは

こなさなくてはならないし、高齢者の身には日々何かが起こり続ける。

そういうものにも対処しつつ、腐らずあきらめず投げ出さず・・・

できることなら心を穏やかに(笑)

保ちつつ、一つ一つ片づけて行く。色んな作業がある。右に置いていたものが

実は左に置いた方が便利が良くて時間も節約できる…といった具合の単純なことも

あれば、まあ、ちょっとややこしいものとか・・・

新しく取得した技術についてはトオリイッペンのレッスンしか受けてないので

自分自身でももう少し極めたい…と思いつつ、あれやこれやで準備不足が

重なって、さあこれからと言った状態。

それでも、やっとトンネルの出口の光が見え始めたのがお盆前。もう少しすれば

どうにかこうにかリニューアル作業に取り掛かれるかな・・・と。

そして、しばらくの間。リニューアルPageがOpenするまで日記のような形で

このPageのKeybordで指を滑らしてみようかしら…と言う気持ちが芽生えてきた。

肩の力を抜いて・・・素直に正直に初めてBlogと言うものを書き始めたころの

ような気持ちで・・・もちろん私も随分変化しているので、あの頃とすべてが

重なるわけではないけれど・・・。何て言うのかしら、『言葉からの出家』から

また『言葉』へ舞い戻り、新しい文体やら新しい感覚やら・・・あるいは本当の

自分自身やらを少しずつ少しずつ探っていく時間のようなもの。

あるいは漠然と雑然と未整理の状態のままの心の内を少しずつ少しずつ

整理して系統立てて行くような・・・・

何時の事だったか・・・ある人が「どんな状況でも今が最善と思え」と言うような

言葉を残していったけど・・・それってあまり力まずにとらえる言葉だと

今感じている。力を入れて「今が最善!」と踏ん張るのではなく、どんな状況でも

穏やかに最善のことが起きているのだと平常心で受け止めて次へと

今を重ねる・・・・

ま、そんなことでこっそりと『Diaryのように』ゆっくり綴っていくことにしました。

Mizuho,回復傾向です。

何が起きても、それは私自身が招いたことと受け止めてゆるやかに進みます。

そろそろ・・・でもあり、もう少し時間が・・・でもあり・・・

散々、色々・・・色々・・・自分の内側で問いかけて、探って・・・

思いあぐねて、それでも答えを見つけようと突き詰めて考えて・・・

時にはどうでもよくなって、また時にはタメイキをつきながら

それでも、どこかにとっかかりは無いかしら?と思い、

何故?どうして?と自分を見つめて・・・

ある程度の答えのようなものの輪郭がおぼろげながら姿を見せ始めると

何だか・・・あれほど不愉快だったりあれほど疑問に思ったことが

すっかり自分の中で整理されていることに気づく。整理されてしまうと

かつて私の心をざわつかせたもの―勝手に私がザワツイテタダケ(笑)―

にも寛大になれて気にも止まらなくなる。そして整理を過ぎて

想いや考えはより鮮明に明るい方向へと深く深く進み始めている。

ちょっと、清々しい気分♪

何についてかと言えば『言葉』につて。誰も彼もが自由に無節操に言葉を

発信することが私にはとても異様なことのように思えて仕方なく、

そこには何か大きな見えない気付かない落とし穴があるように思えた頃。

ここらでしっかり何かを見つめて私なりの答えと言うか方向性を

見つけておく必要があるのでは・・・と。

言葉と言う道具はどのように使うべきか」とか

「言葉によって表現するとはどういうことか」ということ。

そのことについて今、私の中にあるすべてを綴るのはとても難しい。

それは、やはりここに至るまで・・・と言ってもたかが私の分際なので

大したことではないけれど・・・かなり色々なことに目を向け、

様々な気づいていく世界と言うものがそこに存在しているから。

ただ・・・簡単に集約すると『私はプロとしてのお行儀を守りたい』と言うことと

『らしくありたい』ということ。『切なることを大切にしたい』ということに

尽きると思う。

そして、どの場所で誰に何をどのように伝えるか、あるいは発信するか…と

言うことも結局は大切なところ。でもこれ当たり前のこと過ぎて今さら…って感じ。

SNSも様々な変化を見せてきて、こちらも慣れっこになってしまったところもあるし

あるいは大きく振れ過ぎた針が反対側に振れてそこから抜け出す人が出たり

それぞれが違和感を感じ始めて静かになりを潜めたり・・・

時は流れている。変わるものは変わる。変わらないものは変わらない。

いつしか人々はバランスと言うものを求めるようにある流れが見えてくる。

面白いな…と思ってしまう。

私にとってTのつく場所は「落書き」のようなものと情報収集の場所。

FBとInstaはOfficalと思っている。100%のPraivateはネットに乗せるべきではないし

載せるとしてもそれは「チラリ」って感じで、タイムラインに血を通わせる程度のこと。

まだまだ環境は整わない中で・・・何となくこのPage開いてみようかしらと

思って、久しぶりにKeybord触ったので、随分軽くて意味不明の文章ですね。

何となく今は、一度『言葉からの出家』をしてまたまた『言葉の世界へ

戻った』気分。

 

高齢者との生活は・・・なかなか思うように時間は取れません。

脳梗塞→尿道閉塞→前立腺癌→心不全→痛風→熱中症

それでも復活する父親はある意味凄いと思うけど、痛風は食事ではなくて

薬害らしく回復するまでかなり神経を使い、ただ今絶賛熱中症が残したあれこれと

戦っています。やれやれ・・・です。

熱中症は本当に怖いです。まだ世間が本格的に暑くなり始める前の6月の

頭に熱中症にかかって、未だに回復していません。よくなったかな・・・と

思った頃に猛烈な暑さに見舞われたので、行きつ戻りつ・・・回復してるのか

してないのか・・・。利尿剤を服用しなくてはならない体にはこの季節はある意味

ややこしすぎる季節。それにしてもつくづく人間の体には「血、水、気」の3本柱の

バランスが大切だということを思い知らされた夏でしたどさ。

とこんな感じで過ごすお盆過ぎ♪

何があっても感謝です。