頭の中や、心の中や・・・⑥

日常生活の中で仕事をしながら・・・静かに自分自身と向き合うと

いつでも心に言葉や文章は流れるように溢れてくるのに・・・

いざ、PCへ向かうと・・・「さて、どこから始めましょうか?」となる。

まだまだ言葉のプロと言う訳にはいかない私です(笑)。

ひとつ誤解の無いようにお話ししておきたいのは、ここ数年私が

感じてきた嫌悪感や違和感は、その言葉を発している人に対して

感じたものなどではないということ。言葉を発する人そのものや

個人には何の感情も持ち合わせていない。それはその人の価値観とか

美意識とか美学なので、私がとやかく言うことではないし、ま、

ある種の節度を守る自由な領域であれば私が立ち入る場所ではないのは

当然のこと。

私が、知りたかったのは「何故私はこんなにも世の中に溢れる言葉に

違和感を感じたり嫌悪感を感じるのか?それはいったい何がそうさせるのか?」

ということで私自身の感じ方の部分。

ったく、ややこしいというか、メンドクサイ人間ですね。私って・・・

けれども、そこのところとうしてもClearにしとかなくては、これから先

自分自身の言葉を持てないように思えて仕方なくて・・・

言葉というのは誰もが持つものだからこそ、今の世の中のように垣根無く

お祭り騒ぎのような自由さが蔓延してしまったけれど、

これを一つの表現方法ととらえると、こんなにお手軽なのは何だか

しっくりいかない。

例えば世の中には様々な分野のArtistや表現者がいて、その世界の

プロと言われる人は、やはり根底にしっかりと表現していく美学を

持ってるはず。私とて花に関しては、花の表現において

「絶対にしてはダメなこと」も心にあるし「必ずそこに注がなくては

ならないEnergy」も持ってるし「ここは譲れない」とか「ここは踏み込んでは

ダメ」とか・・・「これだけは託したい」とか・・・ま、色々と静かに心の根底に

横たわるような美学を持ち続けている。それはある意味長く続けてきた

からこそ、自然と生まれたものもあれば、ある時期相当な時間をかけて

悩み続け問い続けたものもあるわけで・・・

もしも、私が、例えそれがとても小さな限られた空間であったとしても

言葉と言う手段を使って何かを表現したり、伝えたりするのなら

ここできちんと「言葉に対する私なりの謎」を解いておきたい・・・と。

ふゥ~、何だか・・・シチメンドクサイ。

ただ・・・やっぱり本当のプロとか、存在感が凄いArtistは内側でそういう

シチメンドクサイことを超えてきた人ではないかな…と思う。

ヒトは誰もその人固有の物語を持っている。あるいは人は誰しも

その人にしかわからない見えない物語を持っている。

其の物語の深さと言うものが結局はその人の魅力となりオーラとなり

存在となるはず。しかしその物語はスジガキのことでもオハナシの範囲

でもない。生きる中で体験した事実や直面した現実の乗り越え方や

そこで感じ続け見つけてきたものだと・・・ある意味それはスジガキでも

無ければオハナシでもない部分。言わば、行間や、余白や、間・・・。

時折、なんだかわかんないけど余裕があって凄いな~と思う芸術家や

女優さんに会うことがあるけれど、そういう人って物語の深さと

物語の余白や行間にあるものがとても凄いんだと思う。

話がそれました。

私は何もそんなすごい人になろうとしているわけではないけれど

何かを表現するということにおいて前に進むということはそういうこと

を抜きにするわけにはいかないような気がしているし、そういう

メンドクサイ私自身をClearにして辿りついた場所には、本当の

自由さと軽やかな私が待っているのでは・・・と。

to be continued

頭の中や心の中や・・・⑤

ここ数年、「言葉」とは何か・・・あるいは「言葉を使って表現するとは

どういうことなのか」ということに、ず~っと向き合ってきました。

向き合ってきたのか、向き合わざるを得なかったのか・・・そこのところは

よくわかりませんが、とにかく心のどこかに引っかかって仕方なかったのです。

そのことについてゆっくりと綴りたいと思っていますが、例によって

とにかく何だかわけわからずに1日が過ぎていくばかりです。

年度末と御年寄りの病院付添が始まってしまい、加えて私もけして

若くはないので、やはり疲労感がかなり出ています。ワハハ・・・今まで

あまり「年齢」というものを感じたことはなかったんですけどね。と言うか

そういうことは自然の流れなので、「年齢」とか「体力の衰え」とかを

あえて口に出して言うことをあまり好まなかったのが事実です。

事実ありがたいことに同級生たちと比べて、割と元気でいたし・・・

老眼とかつい最近感じ始めてて、それでもまだただの疲れ目?

程度に思えることもあるし(笑)。体力が衰えてくれば、

それに合わせて自分の生活を柔軟に変化させていけばいいと

思っていました。ん?話しがそれましたね。そうそう、「言葉」

についての私の一連のあえて言うなら「成長」のようなものをゆっくりと

じっくりと丁寧に綴りたいと思っています。そういうことをここで丁寧に

綴ることで、私自身「次の段階」へと進めそうな気がするのです。

ですから、とても少ない・・・数名の方にすぎないけれど、

このPageを気にかけてくださる方が存在することにとても感謝しています。

ネットの向こうの話なので、その方たちが本当に丁寧に読んでくださるか

は、未知と言えば未知ですが、それでも私は存在してくださることに

ささやかな幸福を感じています。SNSなどで飛び交う賑やかな言葉の

やり取りよりも、とても大切であるかもしれません。

何だか・・・どんどん話がそれて行ってます(笑)

そうそう「言葉」というものについて向き合う内に、それは私の中で

「言葉」だけに留まらない大切なものとなっていきました。

それは私にとっても意外な展開で、「ほほ~こんなことまでClearに

なってきたわ」と言う軽い驚きを体験しています。

世の中ちょっとおかしいですね。いや、世の中と言うのはいつも

そういう風に少しおかしいものなのかもしれません。何せ様々な人が

存在している世界ですから・・・それに「おかしいね」と言うのもあくまでも

私自身の感覚とか感じ方なので、可笑しいのは実際には「私」なのかも

しれません(笑)

私にとって「言葉」というものはあるいは「生きる」ということは

『吾常に此処に於いて切なり』-われつねにここにおいてせつなり

ということから始まります。生きることは生活することは

『切実』であることです。

世の中に溢れかえる言葉の数々の中には、どうにもこうにも違和感、

嫌悪感を感じて仕方のないものがあります。何故なのか?と

ず~っと思っていました。どうしてこんなにも気分が悪くなるのか・・・

その言葉には「切なる」ことが抜けていると気づいたとき

私自身の闇が開けたような気持ちにもなりました。

何となく結論からグサッと書いてしまったけど・・・

時間ができたら丁寧に綴ってみたいです。

密かに、HPリニューアルに向けて動き始めています。

リニューアルOpenは、早くて4月末、遅ければ5月半ばとなる予定です。

to be continued

頭の中や心の中や・・・④

雨の月曜日。終日降っています。春の雨はなかなか素敵です。

少し気怠いような空気。それでいて雨音は規則正しく春の足音のリズムを

確実に刻んでいるかのように思えます。

もう少し寄り道します。

 

朝、目覚めると何が起こるかわからない…と言うのはまだ続いています。

先日はまた御年寄りにちょっとした病状が出てしまい慌てて病院へ。

愛猫と両親合わせて10個目の病院…と思いきや、実は12個目でしたとさ(笑)

大事にはいたらないまでも、新たな症状なので、またまた生活食事…色々と

気を付けなくてはなりません。

それはさておき・・・ま、ここ3年と半年ほどの生活の変化を色々語っても

仕方ないし、そういうことは基本、人に言うことではないので控えますが…

私自身「甘かった」と思うのは、高齢者との生活は常に変化していくということが

予測できなかったことです。もちろん生活と言うのは誰と暮らしていても

状況は変わり続けますが・・・大人ばかりなので、突然変化したリズムにも

そのうち慣れるだろうと思っていました。慣れてくると、私もそれなりに自分の

時間が創りだせる・・・と。ところがどっこい、私自身の時間は無くなっていくばかり。

細切れでもあった時間がミンチくらいしかなくなったり・・・

1日の計画が朝目覚めるとすべて変更になったり、

基本的に、きめ細やかに時間を使うことができません。とても

おおざっぱと言うか大まかに時は過ぎていきます。

それでも、ストレスを溜めずに何とか色々と生活の仕方を創りだそうと

しています。戦うべき相手は自分の心。いつでも穏やかに静かに

前を向いて進むのは、私のような未熟な人間には至難の技。

まさに修行中の日々(笑)。

活きた時間を創るためには、無駄な時間を無くす。しかしながら一見無駄な

時間に思えても、大切な無駄と思える時間もあります。

そうやって、自分の生活を見つめていると、本当に大切なものを

大切にしていかなくては…と思えて来ます。細かいことやどうでもいいことは

あっさりと距離を置いて、大切なこと大切な人・・・見極めなくては・・・と。

だから、SNSとの付き合い方も最近大きく変えました。

今は少しだけ遠い先を見つめながら、相変わらず日々時間と格闘して

前へ進むことを考えています。

当面、どうにかして創作時間をきっちりと生活の中にはめ込むことが

できるよう、柔軟性のある日々の過ごし方を構築しようとしています。

to be continued

 

頭の中や心の中や・・・③

ちょっと、寄り道。

なかなか思うように自分自身の時間がproduceできない。createできない。

1日の終わりに「あ、今日もまたできなかったな」と軽いタメイキをつく。

何ができなかったか?と言うと、私自身のこれから先の計画のために

少しづつ準備していることや整えていこうとしていること。あるいはこのPage。

作品制作にとりかかるための何がしか・・・

「あ、今日も、できなかった」「今日はできると思っていたのに、机の上に

道具を準備しただけでそのまま急用が入ってしまった」とか・・・

そんなことが多い。朝目覚めると何が起きるかわからない。

大したことでななくても、それにちゃんと対応しておかなくてならない。

ま、今は仕方ないか・・・と自分自身に言い聞かせる。そしてへこたれず

投げ出さず、今に対応しながら、未来とやらに対して粘ることをあきらめない・・・

と夜毎、軽い決心を自分自身にする。

時には無理を選択することもしばしばあるけれど・・・そうなると結局

次の日に何がしかの影響がじわじわと出てきて、その影響は思いのほか

後を引く…と言うことを実感する。先々のことを考えると、私自身の体調管理は

とても大切だ。さあ、私自身の時間が戻ってきた!と思った瞬間

倒れてしまう…なんてことの無いように(笑)

・・・こういうことはおそらく体験した人でなくてはわからないのだろう。

それにこういうことは本人の性分とか性格にもよる。投げ出すことが平気な人は

自分中心の日々をいとも簡単に選択するという話をよく聞く。

残念ながら・・・というか、お恥ずかしながら・・・愚弟夫婦はそのタイプであっさりと

両親の面倒を放棄した。それも自分達をまっとうな人間として正当化して。

ま、そんなことはどうでもいい。私自身はそのようなことができない。あるいは

するべきではないと思う。かと言ってしょいこんでるわけでもないし、心底

困り果ててるわけでもない。日々の生活の中で「ありがたい」と思えることは

たくさんある。昨年両親と愛猫を合わせて9つの病院に付き添ったけれど・・・

だからと言って今現在、二人と1匹は普通の生活をしている。頭もまだまだ冴えている。

母などは座って喋らせておけば「とても元気」だし、実際に母に出会った人は

「お母さん、お元気そうで」と必ず言う。また両親とも「とても80歳には見えない若い」と

言われることがほとんど。しかし・・・高齢者であり、たくさんの爆弾を

体に抱えていることは確かだ。食事管理、栄養管理・・・できることはしたいと思う。

二人が望むことで私にできることならとりあえずさせてもらいたいと思う。

またそういう想いが根底にあるからこそ、私自身も不思議と行きたいと

思うところには行くことができているし・・・やりたいと思うことが有れば

Tryもできている。もちろんある一定の範囲で・・・だけれども。

それに・・・やはり、何といっても「別れる時は必ず訪れる」ということつまり

いつかは命が尽きるということが何よりも大きい。

結局、それが何よりも大きな人生の一大事だと日々実感する。

だから、人生のすべてはまずそこから始まっていると・・・思う。

とは、言ってもですよ。・・・お恥ずかしいことながら感情とか精神状態とかは

一定ではないです。私も・・・。晴れやかな気分で過ごせない朝もあります。

 

と、ま、こんな日々を重ねています。そしてこんな日々を重ねていくことにも

何がしかの真実を発見しています。発見しつつ、少しずつ成長しています。

時に、それは小さいながら大きな発見であったりして、そういうことに

自分自身救われています。最近の大発見(笑)は、なんだかんだ言ったって

一番厄介なのは私自身の心だということ(笑)。

どんな状況でも淡々と自分自身を見つめ、淡々と前に進む。

ひたすら・・・前を見る。それは明るく前だけを見るということとは

少し違います。雑多なことにまみれつつも、自分自身の感情に戸惑いながらも

余計なものを一つ一つはずして、静かにある一定のリズムで前を見る・・・

少し前の事ですが、「夢」とか「未来」とかと言う言葉がやたら甘ったるく

耳に響いて、気分が悪くなることがありました。

それはまるでsugarcoatingされたオスマシ顔のsweetsのように私には

思えたことが・・・

これは何もその言葉を発する人を批判しているのではなく、そう感じてしまう

私がいた・・・ということ。

そんな甘ったるいSweetsを口に含んでみたって・・・日々を重ねて今を

重ねていくことが今の何よりの問題。二人の病状に合わせて食事のメニューを

考えることのほうが私にとっては大切。今目の前にあることはそれ。

けれども・・・メダリスト達の言葉は流石に胸に響きました。

彼らあるいは彼女達の口にする「夢」と言う文字はけしてsugarcoatingされた

sweetsなどではなくて、墨の濃淡で丁寧にあるいは思いっきり書き上げた

ような筆文字のようにじんわりと静かに胸に響きました。

そして「夢」と言う言葉の本当の深さと様々な側面を教えられた

気がします。

春の嵐・・・どうやら寒い寒い冬はイチオウ終わりを告げたようです。

御年寄り二人に風邪をひかせなかったことで一つ大きな仕事を

終えた気分です。

to be continued