to be conotinuedのつもりが・・・

遅ればせながら・・・

2018年、明けましておめでとうございます。
今年も、細々とながらもそれなりに進んでいくつもりでおりますので
どうぞよろしくお願いいたします。
今年こそは、こちらのこのPageを何とか陽のあたる場所・・・今よりも
多少は陽射しを感じられる場所へと移していこうとは思っています。

さて・・・昨年の最後のPage「とりあえずMerry Christmas」の末尾に
「to be continued」と終えたように・・・確かにto be continued
の心つもりでいたはずですが、時が経ちすぎて・・・日常に紛れすぎて
今となっては、「その続き」はどこへやら・・・です。

仕方ない。仕切り直して少しずつ綴っていきます。

私にとって言葉を綴るということのは年々特別な作業となってきているようです。
年々…と言うより、「年を重ねるごとに」とか「時を重ねていくうちに」とか
そういう意味の方が近いかもしれません。
それは、何も「言葉を綴ることの意味が重くなっている」ということでは
ありません。やはり…それは、特別な作業として様々な角度から様々の衣を
纏い、様々な顔を持ち・・・やはり特別なことなのです。
堅苦しいことを言うつもりはないけれど・・・少しはココロして言葉に向き合いたいと
思うし、あるいはもっと大切にしたいと思うし、
はたまた、それを素敵な美しい領域のものとしてと扱いたい思います。

以前・・・脚本家を目指している年下の友人にこんなことを
言ってしまったことがあります。

「ねー、ちーちゃん、世の中にはさ、文章を書くのが好きだと言う人も
文章を書くことが上手だと思っている人も五万といるのよ」

と。
その言葉は、実はそのまま私が私自身に言い聞かせ続けている言葉です。

あるいは先日は花関係の友人達といわゆるSNSでの発信についてどうしたらよい?
ということで盛り上がったときには

「文章を書くのが好きだと言う人も文章を書くことが上手いと自分で思ってる人も
五万といると思うけど、今そういう人が発信し放題にしてるでしょ。じゃあさ、
花が好きだと言う人、花をアレンジするのが上手いと自分で思ってる人が
遣りたい放題に自分の作品を発信し放題にしたら・・・どうなる?
悪いけど、私、もし世の中がそうなったら・・・ちょっと頭痛くなるかも」

これは誰かを批判しているとかではなくて、だから私自身はどうするか?と
言う問いかけです。時代の気分や時代の空気や時代の感情にだけ翻弄されるのではなく
いつでもぶれない私でありたいし、その一方では時代の風を敏感に
察知できる人でもありたい・・・と常々思っていますが、
今は、よりぶれない私であり、私らしく生きる術を極めたいと思っています。

日常は色々ありすぎて、言葉にきっちり向き合えない状況がここ数年続いていますが
それでも、それは言い訳に過ぎないと自分に言い聞かせて、慌ただしい
時間が詰め込まれた日々の中で、せめて私自身の核となる部分では新鮮で
清々しい空気を創りだし、わずかな時間でも何かをしっかりとCreateできる
人でありたいと思っています。

2018年、良い年にしたいと思っています。

ごめんなさい、アイキャッチ画像は年に1度の決まりごと。あの時間の後の
セルフィー祭りです。年に1度クリスマスの時間の後だけはきちんと写真に
収めるようにしています。年々の自分自身の変化が見えてなかなか面白いです。
今年はかなりお疲れモード(笑)