完璧ではないもの…①


『9月、真っ赤な曼珠沙華の花を見ようよ。

10月、金木犀の芳しい香りを思い切り味わおうよ。

粘ってください。会えること楽しみにしています』

私が最後に彼女に送信したメール。曼珠沙華の返事は桜・・・だった。

そしてお盆の最中に、彼女は逝ってしまう。

それは末期宣告を受けたにもかかわらず一切の治療を拒否した彼女が

いよいよダメと病院に運び込まれたあの夏の日からきっかり1年後のこと。

この1年の月日は見えざる存在から彼女に与えられたGiftの日々だったように思える。

それはある意味優しさに満ちたPresentでもあり、またある意味戒めでもある

Lessonの日々。『命の尊さと儚さ、人の心の優しさが身に染みた日々』と

彼女が繰り返し私に話してくれた遺言のような言葉がこの1年の慶びと苦しみを

物語っている。見えざる存在は、治療を拒否したからと言って早々簡単には

逝かせてくれなかったのだ。彼女なりの答えをきちんと捜し当てるまで暖かくも

厳しい日々を与えた・・・。

今までもそれなりの数の近しい人々を見送ってきた。ひとつひとつそれぞれ違った

別れの意味があり悲しみが存在したけれど・・・

彼女との別れ・・・というよりも、彼女の紡いできた物語の幕の下ろし方は・・・

何って言ったらいいのか・・・じわじわとじわじわとこの身に堪えてくるというか・・・。

何が悲しくて切ないかと言えば・・・26年前?27年前・・・出会った頃の私達は

まさかこんな別れが待っているなんて誰一人思わなかったことだ。

地方とは言え、それなりにそれぞれが華やかな場所をめざし、実際に人から見れば

華やかな存在であったあの若く未熟な私達は、こんなことになるなんて誰ひとりとして

想いもしなかった。会えばいつもはしゃいでいた。いつもPowerfulで恐いもの知らず。

お互いの夢を応援し合い、お互いの未来を真剣に考えていた。

「女の子ばかりなのに珍しいくらいバランスがよくていい距離感といい関係」

というのは私達のことを自慢に思っていた彼女の言葉。

27年経ても変わらなかった関係が大きな存在を失うことになるなんて・・・

誰も予測することは無かったのだ。

それは当たり前だけど・・・その当たり前のことがひどく切なくて悲しい。

いったい彼女の中にある何が彼女の人生と言う道すがらを決めてきたのだろうか・・・と

思う。

それでも、彼女の時間は物語は幕を下ろした。

『人生ってなんなんでしょうかね?』

と舞台の二人が会話する。

私は心の中で答える。

「それは完璧ではないもの。」と。

あるいは、それは答えになってないかもしれないけれど・・・

それでも私ははっきりとそう答えたい。

「人生は完璧ではないもの。もしも完璧な人生というものがあったとしたら

それはもはや完璧であるという意味において不完全。」

ん~ちょっと哲学的?

to be continued.

 

そしてOpen The Doorに決めたのだ♪

ふと気が付くと・・・ひと月近くの時が過ぎてしまっている。

あれからひと月?正確には3週間ほど。

久しぶりに過ごした懐かしくも新鮮で、紛れもなく新しくて・・・

上手く言えないけどデザイン的に言えばネオクラッシェ。つまりNewClassic。

それは、私達にとってもはやクラッシク的な時間でもあるし、また完全に新しい時間。

久しぶりに味わった懐かしくて重厚な2時間15分の旅は同時に新しくて心に未知なる何かを

完全に呼び覚ます2時間15分の旅でもあったはず。あるいはその未知なる何かはいつかどこかですでに出会っていたもの…かもしれない。

すべてはまわり続ける。そして繋がりゆく・・・

私自身は思いもよらぬ不思議な時間を体験したので、ちょっとやそっとで感想を述べることができないでいる状態。

そしてあの2時間15分は2時間15分の空間と時間から離れた今でも心の中で何かを熟成させ未だに新たなStoryを私の中で紡ぎ出しているのだ。それはあの空間を離れて日常に舞い戻った時間の中で出会う新たな感覚や感情やささやかなHappningとコラボし続けながら・・・。

感じたことは数限りなくあって未だに言葉でまとめきることはできない。

おまけに私自身が表現者の端くれであるがゆえ・・・演出者の意図や巧みさや表現者達の見せるというこだわりや・・・暗示に満ちた言葉の謎解きに心奪われたり・・・

そんなものまでにも頭を突っ込んでしまいこちら側で勝手に頷いたり、踏み込んであれこれと思いを巡らしたりするから・・・私の頭の中はタイヘンなことにもなってしまっている(笑)。

ところで・・・このBlogのTitle、Open The Door~は、あの2時間15分の時間を終えて

扉を開け現実の日常の空間に舞い戻った瞬間に思い付いた。もう一つのBlogのTitleは「Open Tne Door」にしよう・・・と。

 

セリフの細かいところまでは覚えていないけど・・・確かに「扉を開ける」とかというそれなりに

KeyWord的な言葉のやりとりがあったはず…と記憶しているけど・・・

印象に残ったのは、2時間15分の中に存在していた「扉」は外へ向かって開けるDoorのこと。

実は・・・私自身HPをコツコツとRenewalする時間の中で「扉」という言葉が常に心に存在し続けていた。

行く先を定めることもできずに半ばやみくもにHPをOpenしたのは15年ほど前。

そして幾度となくその方向を探るように創っては新しくして創ってはまた新しく・・・

HPだけではなくて、「花を触る、花と出会う。花を知る。花に導かれる」という進み方の中で

出会ったすべてのアクシデントもハプニングも人との出会いも時間との出会いもそれに伴って

湧き起る感情も想いの数々も・・・・すべて「扉」というものを開け続けてきたのだと

しきりに思い続けながらHPのRenewal作業をコツコツと仕上げてきた。

ただ・・・あらたに気が付いたのは外へ向かって開け続けてきたつもりの「扉」が…実は私自身の中心へと向かうための、奥へ奥へと進むための「扉」だったということ。

2時間15分の中の「扉」は外へ向けられているように思えたけど・・・

結局は「外への扉」も「内への扉」も同じことなのだろう・・・。

私にとって大切なのは「扉」と言う言葉が彼らの時間とシンクロしていたことと

やはり・・・紛れもなく繋がっているということ。

そして2時間15分を体験するまでの数か月、私の心や頭を行き来していたたくさんの言葉が

不思議すぎるほどにあの2時間15分に散りばめられていたということ。

遅ればせながら・・・お疲れ様でした。そして心からありがとう♪

拡散する見えないEnergyがStageから発散していく光景をしっかりと目に焼き付けた時間でもありました。そのEnergyも私にとっては表現者達の煌めく力強い不思議な誇りであり人の世界に必要なものだと確信させていただいたかけがえのないものです。

それが外へ向かうものでも、より深く内へと向けられるものであっても・・・扉を開け続けたいと思う。

あるいは扉は常に開け続けなければ…何処へも辿りつけないのだと・・・。